
#03 76th Street East
小さなシンクロは毎日のように起こるのだけど、ここに書くほどの大きさではなく、待っていてすごいことが起きるはずもないので、今回は過去のシンクロニシティーについて書こうと思う。特に印象に残っている、ちょっと美しい偶然について。
ニューヨークで、ひとりで暮らすためのアパートメントを探していたときのこと。それまでに、とんでもないルームメイトふたりと、これ以上は望めないかも? と思うほどのルームメイトひとりに恵まれ、“最高”のほうがパリに行くことになったので、ひとり暮らしをすることにした。
「とんでもないルームメイト」のひとりは、イタリアの有名パスタ・メーカー(青い箱)の家系でありながら、3ヵ月以上も家賃を払わず、私が契約している電話を占領し、700ドルもの電話代を踏み倒して出て行った。日本人は文句を言わないだろうと、甘く見られるケースの典型だったかもしれない。
次にやってきたルームメイトは2人組で、私よりひとつ年下の日本人女性とアフリカ系のアメリカ人。カップルではなく友人同士で、生活費を節約するため、ひとりぶんの部屋を2人でシェアしたいとのことだった。
このときの3人暮らしについては、機会があればまた書くとして、 “最高”だったのは男性のほう。彼はファッションの仕事をしていて、シャネルに就職することを目標に、パリに向かった。その夢がもし叶ったら、私にバッグをプレゼントしてくれると約束し、お金が底をついて公園で寝泊まりするような日々にも、私に絵葉書(懐かしい響き!)を送ってくれた。
当時の私は、マンハッタンにしてはかなりの広さの部屋(約90㎡)を、リーズナブルな値段で借りていたので、新しいルームメイトを見つけようとまずは考えた。それから、私が誰かのルームメイトになろうと考え直し、結局ひとりがラクだと結論。部屋を探している間には、面白いこともたくさんあった。
アッパー・イースト・サイドの高級コンドミニアムに住む70歳の男性(奥様を亡くされて数年)は、話し相手になってくれれば家賃はいらないと言い、私が部屋を見に行ってしばらくすると、泣きながら電話をかけてきた。愛犬が死んでしまったという。それから、たまに電話でのおしゃべりにつきあい、新しい犬を迎えたといううれしそうな声を聞き、ホッとしたのを覚えている。
1年のうちの半分以上を取材で留守にするというジャーナリストは、ダウンタウンの広いアパートメントの1室を、留守中2匹の猫の世話をするという条件で安く貸し出していた。私は猫が大好きだし、部屋は他のところより断然広いし、壁を好きな色に塗りかえるのもOKで、前のルームメイトが置いていったキーボード(ローランド)もくれるというし(笑)、何より彼がほとんど留守にしているのなら、気を使う時間がかなり少なくてすむ。
これには本当に迷ったけれど、結局その部屋を借りることはせず、でも、これを機会に友達としてつきあいたいな、と、お互いに思ったのでそうなった。ニューヨークに住んでいた4年間、彼とは一緒に食事をしたり、映画を見に行ったり、何度もパーティーを楽しんだりした。
パリに移ったルームメイトも、猫を愛するジャーナリストも、どちらもゲイ の男性だ。ストレートの女性とゲイの男性は、同居人として最高の組み合わせだと思う。
女性は、男の人がそばにいることで、何かと安心。重い荷物を運んだり、ちょっとした力仕事もお願いできる。(電球ひとつ換えるのだって、天井が高いこちらでは大変なんです。)で、男女で生活をともにしながら、ややこしいロマンスは発生しない。そして、ときには不思議な友情が育つ。
ま、そんなこんなでニューヨーク時代はゲイの友人が多かったのだけれど、話をアパートメントに戻しましょう。
部屋探しの最後となった秋の一日。私は2軒の不動産エージェンシーを訪ねた。最初のところは、条件に合う物件を車であちこち案内してくれた。ある通りで、窓から見えた建物がとても素敵だったのでそうつぶやいたら、「残念ながら、うちでは扱っていませんね」。
でも、なかなかの物件をひとつ見つけて、ほぼ決まりかなと思いながらも、予約をしてあった2軒目の不動産屋へ。ここでは、5カ所のアドレスと鍵を渡され、自分で行ってくるようにとの指示があり、4つめの部屋を見終わった頃には日も暮れかかり、寒いうえに雨まで降り出した。ずいぶん歩いてすっかり疲れ、寒いし濡れるし、このままでは風邪をひいてしまう。「最後のひとつはもう見なくてもいいや」と帰りかけた私は、「いや、やっぱり見に行こう!」と長い道をもう一度引き返し、ようやく5つめのアドレスに到着した。
さて、目の前に建っていたのは、数時間前、車の中から「いいな」とつぶやいた、まさにそのビル。階段を上り、部屋のドアを開けて中に入ると、小さなベッドルームとリビングの間には、私の好きなフレンチドアがあり、「ここしかないじゃん!」と満面笑顔になった。あの瞬間の気持ちは、忘れようにも忘れられない。「ニューヨークへようこそ」と、その部屋に招かれた気がして、心の底からうれしかった。
というわけで、疲れきっていたはずの私は、雨の中うきうきと不動産会社に戻り、5つのうち4つの鍵だけを返して即決サイン。
と、書きながら急激に懐かしくなり、Googleのストリート・ビューで行ってみた。建物の形はあまり変わっていないけれど、色と質感がまったく違う。私が住んでいた頃は、白と黒と薄いグレーの組み合わせで、レンガの壁や木の窓枠を素敵に塗り分けてあったのが、いまは全体が退屈な薄茶色。いまその前を通っても、気に留めることはまずないでしょう。
あの部屋にはいま、どんな人が住んでいるのかな。手紙でも出してみようかな。
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