渡部省吾/#08 of Soul Relations

#08 アンジー「おやすみ」

高校2年の時にバンドを始めて、その1年後にオリジナル曲でライブデビューをしました。

その時には手軽に出演できるライブハウスなんてなかったから、ホテルのイベントスペースで開かれたアマチュアバンドのイベントに出演しました。
ウチのバンドは、「大天才」という小学校低学年ですべて習う漢字で構成され、メンバーは、キーボードとベースと、ヴォーカル&空き缶という3ピース。
バンドといったら、マジメにやってる人に怒られることでしょう。今でいうユニットといってもいいかもしれません。まあユニットを組んでいらっしゃる人たちにもボコボコにやられるんでしょうけど。
だから、「音を鳴らしている集まり」ということにしましょう。怖いから。
ジャンルは、打ち込みでもなんでもなく、今考えてもよくわからないもので、オリジナルの曲も「象」というタイトルの、これまたよくわからないことになってましたね。
バンドを始める第1歩として、「モテたい」というのを念頭に置いて始めるわけですが、残念ながら曲も短いし、30分の持ち時間中3曲しかやらないもんだから、初オリジナル楽曲でのライブの半分以上がMCというダメダメなライブだったことを思い出します。
もちろんこんなんではモテませんよ。これでモテたら世界中の誰でもモテることでしょう。モテ人口増加ですわい。

ライブ終わって何カ月か経ってから、今度は弟たちがバンドを組みました。
その名も「笑点祭」。
メンバーは、キーボード、そしてヴォーカル5人くらい。「ラッツ&スター」か。
彼らは曲を作って音源も録音したくせして、1度もライブを行なわなかったのです。

兄が「大天才」、弟が「笑点祭」。
バカ兄弟です。何を考えているんでしょう。

こんなんでモテるわけがありません。だってライブすらほとんど(大天才でも2回)しないから顔も知られないし、デモテープすら売らないんだもん。Twitterもmixiも、ましてやインターネットもケーターもない時代だから、口コミのみ。

話題にもなりません。

2回目のライブは最初のライブから1年後の雪が積もる冬に行なわれ、メンバーは普通の4ピースだったのにもかかわらず、お客さんは2人くらい。

俺様の脳裏にはしかと焼き付いてますから、みんな知らなくていいんです。でも今リリースをしろとか再結成をしろとか言わないでくださいね。はずかしいし、本物のバンドさんに怒られますから。

俺様が高校の時に作っていた楽曲はどれも、誰も感動をさせることができない駄作たちだったのですが、世の中には心に染みわたる名曲がたくさんあります。

おやすみ.jpg震災に遭われた方々の心は、まだ余裕はないかもしれないけど、もし今後音楽を楽しむ余裕ができたら、ぜひいい音楽をたくさん聴いて欲しいと思います。

いい音楽は不滅です。だから人間も不滅です。いっぱいいっぱい生きて、いっぱいいっぱい音楽を聴きましょう!

この水戸華之介率いる伝説のバンド「おやすみ」を聴いて、明日もがんばろう!

次のページへLinkIcon

Profile

1971年7月生まれ。

2000年6月、米子市のライブハウス「ベリエ(現ラフズ)」に入り、ブッキングマネージャー→店長→プロデューサーとして君臨。

ライブが好きなくせに夏が苦手な38歳。

好きな音楽はニューウェーヴ(特に80年代~90年代ジャパニーズ)。

7月1日から米子BELIERの正式名称が『AZTIC laughs(ラフズ)』になり再オープンします!宜しくお願い致します!

米子ベリエ(現ラフズ)