
山本恭司さん ロングインタビュー
WEBマガジン「Soul Relations(ソウル・リレーションズ)」4回目のプレミアム・インタビューは、2010年8月4日に、全編インストゥルメンタルのソロ・アルバム、『THE LIFE ALBUM』をリリースされた、日本が誇る世界的なヴォーカル&ギタリスト、山本恭司さんの登場です。

■山本恭司さんプロフィール
1956年、島根県松江市生まれ。高校の同級生に、俳優の佐野史郎さんがいる。音楽学校に在学中、プロデューサーに見いだされ、同じく松江出身のベーシスト、佐野 賢二と、ヴォーカル&ギターの斉藤光浩、ドラムの新美俊宏とともに、1976年に、ハードロック・バンド、BOWWOWでデビュー。知的で洗練されたテクニックと、ワイルドで野性的なサウンドが同居した彼らのロックは、それまで洋楽しか聴かなかったファンまで巻き込み、センセーショナルな話題を振りまいた。
1982年、イギリスでおこなわれたレディング・フェスティバルに出演し、まったく無名だったにもかかわらず、大喝采を浴びる。 1984年、ヴォーカルに人見元基、キーボードに 厚見玲衣を迎えたのを機に、バンド名をVOWWOWに改名。1986年には、ロンドンのライヴハウス、「マーキー」で、その年の最高動員を記録した。その頃、イギリスに住んで活動していた日本のバンドは皆無であり、日本人アーティストとして誰も経験したことのない、いくつもの貴重な経験をし、大きな業績を残した。
1998年にはBOWWOWを再結成。また、2009年12月には、待望のVOW WOWのライヴを、一夜限りであったにせよ、実現させた。現在は、BOWWOWのほかに、ソロの活動や数々のセッション、プロデュースなど、幅広い活動を続けている。
山本恭司オフィシャルサイト
インタビュー・文 / 渡辺末美
「常にバランスを意識するから」
『THE LIFE ALBUM』。なんという壮大なテーマのアルバムだろう。人生というものを1枚のアルバムで、しかもインストゥルメンタルで表現されたこのアルバムは、クラシックの交響曲を聴いているようでもあり、オペラを聴いているようでもあり、クオリティの高さからプログレッシブ・ロックにも通じる匂いを感じたりもする。なんにしても、スリリングで聴き応え十分なアルバムであることに違いはない。このアルバムを聴いただけで、人生にはいかに多くの局面が用意されているかがわかる。それくらい、いろんなことを感じさせてくれるアルバムだ。
今回は、このアルバムの話を中心にしつつ、ほかにもいろんなことをうかがった。
──今日はよろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
──去年、恭司さんとお会いしたときに、「来年はソロ・アルバムを出したいんだよねぇ」という話をされていらっしゃいました。
「でもとりかかったのは、……何年前だろう。かなり前なの。3年か4年くらい前に、実はスタートしていたんだよね。それで何曲かはつくっていたんだけど、そのあと、いろんな種類のライヴやプロデュースをやるようになって。それでちょっと集中できなくなってしまってね、いざスタジオに入っても、頭の中がポンってそれだけにならなくて、”あっ、そういえばあっちの練習をしておかないと” とか、いろいろ考えてしまい…。
それで途中、ブランクができてしまったんだよね。本来、ぼくはそういったことを平行してできるような自信が、どこかにあったんだけどね。だけどいざ、そうなってみると、”やっぱり集中する時間が絶対的に必要だ” ということが今更わかってね(笑)。
それから、去年、12月の渋谷AXのライヴが終わって、今年の前半はじっくり時間をとろうというふうに、事務所とも話し合って。それで……、ぼくは大晦日と正月、2、3日も休むと飽きちゃうのね。だから正月の3日目くらいから、”よし。今年は絶対にソロアルバムを出すぞ” と決めて(笑)、とりかかりはじめたら、一気に勢いがついたんだよね。それからは、本当にあっという間だった」
──今回のソロ・アルバムに、3、4年前につくられた楽曲は入っていますか。
「うん。入ってる。それが一番最後に入っている、『Heavenly』。あの曲が一番最初にできたんだ」
──結果的には、一番最初にできた曲が、アルバムのラストを飾ったわけですね。
「そうそう(笑)」
──そのときは、どんな気持ちでつくられたのでしょう。3、4年前につくられたときは。
「そのときはなにもなく、無心でつくっていたね。コンセプトを決めて、というわけでもなくて、とにかく無心になって、ふっと浮かんだものでつくっていった。それでその直後に『Daybreak』が出来、『Go Ahead!』と『Stars』をつくったのかな。それから、去年ソロのライヴをやったときに、そのために1曲つくろうと思ってつくったのが、『Ra(ラー)』」
──ライヴのために。
「うん。ライヴのためにつくった曲。まぁ、ライヴのため、イコール、次のソロ・アルバムのため、という気持ちもあったんだけど。ソロのライヴをやるのであれば、絶対に1曲、新曲をやりたいなと思ってつくった曲。だから2007年のソロ・ライヴのDVD、『山本恭司ソロ・コンサート ~21 JULY 2007~』には、『Go Ahead!』と『Stars』は入っているんだよね」
──なるほど。
「それで、すでにできていた前の曲を聴きつつ、今年に入ってからイメージを膨らませていったんだ。ぼくは1/3か、半分くらいできてくると、常にバランスを意識するから、……あらゆる意味で。その意識を元にそのあとの曲をつくっていくという流れなの。そうやってできたのが、『Alone』。
そのあたりからコンセプトというか、流れというものをいろいろ考えはじめて。
実はぼくは、10年以上前に、一人の人生を、……そのときはお腹の中にいるときから……、死ぬまで。というコンセプトで、ソロ・アルバムをつくりたいと思って意識していて、そして、お腹の中にいるイメージの曲を、実はそのときにつくっていたの(笑)。それは今回のアルバムに入れてないんだけど」
「子どもを授かったときから考えていたテーマ」
──いわゆる、胎児。
「うん。そう。だからねぇ、そのときのことをふっと思い出したんだ」
──あー、なるほど。
「そういったコンセプトで、いまソロ・アルバムをつくる時期だと思ったというか。テーマとしても、自分の中でとてもいいテーマだと思ったのね。……実はそれは、ぼくが子どもを授かったときから、なにかこう、“人の一生” というテーマを、そのときから考えていたんだよね」
──すごいですね。
「(笑)。それで数年前につくりはじめた、今回のアルバムでいうと最初の曲と最後の曲。それが……、1曲目は本当に夜明けというか、つくった時点から、自分の中では “サバンナの夜明け” と思っていたんだよね(笑)」
──そのときはサバンナだったんですね。
「そう(笑)。音がバーッと広がるときに、それこそフラミンゴがブワーッと飛び立つイメージがあったのね。
それで最後の曲というのは、最初にできた曲なのに、スタッフにはそのときから、”ソロ・アルバムのエンディングの曲ができたから” って言っていたんだ(笑)。そのときから最後を締めくくる、……安堵感もあり、包み込んでくれるような空気もある。
やっぱりぼくは、どこか自分の死というものをすごく意識していて、ある種の理想をすごく描いていたんだけど、そのイメージに “この曲はとてもぴったりだな” と気がついたの。だから、もしかしたら無意識のうちにそれをイメージしていたのかもしれない。無心で書いた曲なんだけどね。自分の死とか、まわりの死とか、いろいろ考えるけど、このラストの曲は、あまりにも自然にできて。
1曲目についてはライナーノーツにも書いているんだけど、それこそ母親の胎内から出てきて、眩しい光を浴びて、というところは本当に夜明けにも共通するし。意識はしてなかったんだけども、そういうものを、ぼくはつくろうとしていたんじゃないかなと思うんだ。そう思うと、ストーリーもどんどん展開していって」
──なるほど。
「そして、やっぱり死を、……まぁ、ぼくはまだ、100歳まで生きようと思っているから(笑)……。”100歳までライブをやるぞ” と思っているから(笑)。だけどその前に訪れるであろう、自分が老人になったときのことはね、それは自分の父親をモデルにしているようなところがあって。
ぼくの若い頃は、本当に父親とぶつかってね。あの頃言われていた言葉で、親子の断絶? 本当に何年も口をきかなかった。ぼく自身、とても反抗的な子どもで、家の中では暴れちゃうような子どもだったから」
──中学生くらい。
「そうだね。小学校の後半から中学生くらい。……でもまぁ、その年頃だったらどこにでもある問題だったかもしれないけど、向こうも40代くらいで、ぼくも子どもだったしね。でもいま、自分の父親を見ると、ぼくのことも周囲で起きていることもすべて受け入れて、いつもにこやかで。いま、90歳なんだけれども、人から頼まれるとイヤといえない性格で、全部受け入れているんだよね。本人が老人なのに、老人ホームの慰問をしていたり(笑)」
──そうなんですか?
「老人ホームに行って、手品をしたり講演会をしたり(笑)」
──えー!? すごいですね。
「うん。そんな父親なので。だから、人を楽しませようという気持ちは未だにもっていて。そんなところをみてるとね、ぼくも遺伝子としてもっているのかなと思っているんだけど。だからぼくも本当に……」
──人に喜んでもらいたいという気持ちが。
「うん。そうなの。常に感謝の気持ちをもっていて、人に楽しんでもらいたい。だから本当に、……それこそ40代くらいからかな。遺伝子とか、そういうことを意識するようになったのは。子どもの頃はあれほど嫌っていた……、たぶん、男の子はけっこうあると思うんだけどねぇ。父親のことを嫌いだったことって。まぁ、女の子もあるかもしれないけど(笑)。でもそれを、いろんな意味で、父親の遺伝子を引き継いでいるなぁって、感じる。そして、それを肯定的に考えると、いま話したような部分で、父親と似たようなところがすごくあって。
将来の自分が、まったく同じ人生を歩んでいるわけではないと思うけれども、でもいまの父親を見ていると、今回のアルバムの、最後から2曲目に入っている『Sunset Horizon』。心境は、その辺にあるような気がする。ゆったりと構えて。
“サンセット” というのは、ぼくは松江市の宍道湖のイメージもあるんだけど、そういう夕陽とか、ああいう大らかな、穏やかな気持ちに包まれている父親を、ぼくはちょっと見ているんだ。だから形は違えど、ぼくもそういう老後というか(笑)、そういうのが待っているといいなと思う。
なにかそういった期待も込めて、このアルバムの “人生” というのは、自分の人生にも当てはめられるだろうし、ほかの誰かの人生にも当てはめられるだろうし、末美くんの人生にも当てはめられるだろうし。本当にあらゆる人が、それこそ孤独を感じることは絶対あるだろうし、喜びを感じることもあるだろうし、ときには冒険をしたくてしょうがないときもあるだろうし。そういったことは、みんなに共通なものとしてあると思うので、それぞれの人生を振り返って投影してもらうと “うん。うん。” て、自分の一生が、それこそ映画のようになって、ぼくの『THE LIFE ALBUM』を聴きながら、いろんなそれぞれの “絵” が浮かんでくるような、そんなアルバムじゃないかなと思ってる」
──はい。そういうアルバムになっていますね。
「ねぇ!? まぁちょっと、父親にも聴かせようと思っているんだけどね(笑)」
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